2006/03/30
2006/03/20
2006/03/05
本日のウォーキング
今日は朝早く起きて、和歌山にある「みなべ梅林」へ写真を取りに行く予定だった。 が、いきなり朝寝坊をしてしまい 梅林には行けず このまま一日寝てようかと思ったが、窓から差し込む陽気に誘われて家を出たのは昼過ぎ。
いつものアホアホ夫婦は大阪城公園に向かった。
大阪城公園にも梅林はあるが、今日は梅よりも目的は やはりウォーキング。
腰を痛めてからあまりウォーキングもやっていないんで、少しでも体を動かそうとやってきたのだ。
いつもはほとんどやらない準備体操もきちっと行い、1周約4kmのコースを3周歩く。
最初の1周は痛みもなかったが、2周目の終わり頃少し違和感を覚える。
少し休んで筋肉をマッサージして3周目はピッチを少しあげてみた。
1周、2周は45分くらいで歩いたが、3周目は35分で歩ききる。
最後はいつものように左ひざのあたりに痛みを覚えたが、なんとか3周歩ききって、約12km完走。
なぜこんなことをやっているかというと、6月に乗鞍高原で行われる、「Run & Walk」というイベントに出ようと思っているのだ。
このイベントは 1周約12kmの高原のコースを10時間ほどかけて走る(歩く)というものだ。
もっとも10時間の間絶対に走らなければ(歩かなければ)だめなのかというとそうではない。
とりあえず1周完走すれば あとは自分の体調に合わせて 自分自身の判断で競技を中止にしてもかまわないのだ。
で、初挑戦となるわたしの目標は、3周(36km)を歩くこと。
なぜ3周なのかには訳がある。
実はこのイベントは他のランニング系のイベントからいうと実にユニークな部分がある。
普通こういうイベントにはコース内にいくつかのエイドステーションがあるのだが、このイベントのエイドステーションではボランティアで参加している地元の民宿やペンション自慢のゴージャスな料理が出るのだ。
しかもそれは前菜から始まりメインディッシュを経て デザートで終わる。
そして全部を食するには最低3周走る(歩く)ことが必要なんだそうだ。
そう言われれば せっかく参加するのにすべての料理を味合わない手はない。
全部食べなきゃ「元が取れん」のである。
まあ関西人ならではの考えではあるが、同じお金を出すんなら、人より多めに食べて帰らないと・・・・
この 人より多く走る(歩く)のではなく、人より多く食べて帰る、というところが すなわちこのイベントのイベントたるところなんである。。
写真は、夜の大阪城公園梅林でのショット
(コンデジですんません・・・)
夜でも一眼レフで写真を撮ってる人が結構います。
梅の花って誰がとっても同じような構図になってしまうんで、夜フラッシュを炊いて撮るのもアリやね。
2006/02/27
本日は、スノー・シューでウォーキング
2泊3日の予定で訪れた乗鞍高原。
その最終日は、再び雲一つないピーカン晴れ。
さてこのお天気に背中を押されるように ペンションを出発したアホアホ夫婦は、今度は「スノー・シュー」を履いての雪原ウォーキングに出かけた。
乗鞍高原では 最近ゲレンデ・スキーだけではなく、歩くスキーや雪原ウォーキングが盛んに行われているが、初心者がこんなに気楽に体験できるのも珍しい。
私たちは今回が2度目のスノー・シュー体験だが、まだまだ初心者の私たちがまず目指したのは、昨日スキーをした「乗鞍温泉スキー場」ではなく、同じ乗鞍高原にある「いがやスキー場」だ。
昨日トリノでの日本アルペンスキー史上50年ぶりとなる4位入賞を果たした皆川だが、1956年に日本人で初めてオリンピックのアルペンスキーで銀メダルを取った、猪谷千春氏の名前が付けられたスキー場がここである。
ここに車を置いて スノー・シューに履き替え、ツアースキーコースに入り「休暇村ゲレンデ」を目指す。
行きはとにかく延々と上り坂が続く。
初心者なら普通は一ノ瀬園地を目指す方が、上り坂も少なく楽なんだが、そこは一昨日山スキーを履いて訪れたので、今回は気楽に歩けるスノー・シューということもあって 少し難度を上げたのだ。
昨日の積雪~降雨で荒れた雪原を登ること2時間。
やっと最初の目的地、「休暇村ゲレンデ」のレストハウスに到着。
ここで軽く食事をして次の目的地、「善五郎の滝」を目指す。
しかし雪のない季節なら道標を見ながらなんなく着くのだが、積雪のためこの道標が雪で埋もれてしまい どっちへ行けばいいのかわかりにくい。
ただ幸いなことに先に滝を目指して歩いた人がいたようで その人の足跡をたどりながら林の中を進むとやがて「善五郎の滝」に到着した。
1月や2月初旬の真冬の頃なら滝が完全に凍っているのだが、さすがにこの時期には滝の一部が溶けてものすごい勢いで水が流れていた。
もちろん凍りついたままの滝の姿も同時にみられ、しばらくこの自然が生んだ水と氷の彫刻に見入ってしまった。
そしてここから一度一ノ瀬園地を目指し、足跡を辿りながらさらに林の中を歩くと やがて行きに歩いたツアースキーコースに出たので、一路いがやスキー場を目指し、無事到着。
4時間30分の雪原ウォーキングは、非常に気持ちのいい汗がかけた、すばらしいものだった。
スノー・シューとは、いわゆる「かんじき」です。
裏には雪原を歩くためにアイゼンが取り付けられています。
最初の目的地、「休暇村ゲレンデ」を目指し ひたすら歩く、わたしの哀愁漂う背中。
疲れて一休みしながら眺めるこの景色に再び元気をもらいながら ひたすら歩く・・・・
「善五郎の滝」へは、このように林のなかを歩きます。
しかも目印は、見たこともない人の「足跡」のみ。
人間生きていく上で 他人のことを信用することも大切です。
見事に凍った「善五郎の滝」。
左端の部分のみ氷が溶けて水が大変な勢いで流れていました。
2006/02/26
今朝は一面雪景色です。。
2006/02/25
今は信州、です。。

本日の早朝、トリノオリンピック フィギュアスケート・エキシビジョンを車載TVで見ながら 信州乗鞍高原に向かう。
途中、思いの外高速道路が渋滞してたりして 最初の目的地、「平湯大滝」に着いたのは、昼前。
落差64mの滝で 1~2月の寒い時期には滝全体が凍って 非常にフォトジェニックな姿になるのだが、さすがに2月も終盤になると、部分的に凍ってはいるが、滝は滝らしく ちゃんと水が流れていた。(なんのこっちゃ!)
けどせっかく重いカメラを担いでここまで来たんだからと 撮った写真がこれです。
滝の真上に太陽がある、ど逆光だったんで 望遠レンズを使って 太陽はカットしたけど 全体にフレアが発生してしまい、「なんだかな~」な写真です。(涙・・・)
しかし、太陽がじゃまにならない位置に移動するまでじっと待つことが出来ないイラチな自称風景写真家は、「ま、いいか!」と言いながら、次の被写体を目指すのであった・・・
昼飯を食べてからいつものペンション「テンガロン・ハット」さんにチェックイン。
すぐにお願いしていた「歩くスキー」の道具一式をお借りして、いがやスキー場から一ノ瀬園地を目指して、ひたすら歩く・・・・
小一時間ほど歩けば、目的地の一ノ瀬園地に着くのだが(普通の人なら30分くらいで着いちゃうらしいが・・・)、正直なめてました、歩くスキーを。
これがむちゃくちゃ難しく、なおかつ運動量がめちゃ多い。
往復1時間半ほどのことでしたが、疲れました。。。
しかし、天気はこれでもかというくらいいい天気で、乗鞍岳がきれいでした。
明日は、久しぶりにゲレンデに出て、普通にスキーをする予定。。
これも思いっきり逆光・・・
白樺の木
「歩くスキー」と必死に格闘するキャサリン
2006/02/24
ひさしぶりにスキーなど。。

ガレージの物置から2年ぶりに引っ張り出してきたのがこのスキー板。
左がヨメのアトミック9.10、そして左がわたしのアトミック10.11 。
ともにカービングスキーです。
しかしスキー板の進化は恐ろしいもので カービングスキーが出現するまでわたしは2Mクラスの長さのスキー板を使っていたのが、カービングになった途端に150cmですよ。(ちなみにヨメの板は、140cm)
さすがに一気に50cmも短くなると最初は怖かったんですが、なれてくるとラクチン、ラクチン。
さらにこの腫の板の出現により、いままでのスキー理論(多くはオーストリアン・メソッド)が180度変わっちゃったんだからすばらしい!
未だにカービングスキーを体験していない方もいらっしゃるでしょうが、一度体験してみてください。
まさに「目からウロコ」ですよ。
で、なんでスキー板の話しなのかというと、実は明日から信州の乗鞍高原温泉スキー場に行くので 久しぶりにワックスをかけようと引っ張り出したわけです。
さらにこのワックスというのも 以前なら(真面目にスキーをやってた若かりし頃)固形ワックスをアイロンで溶かしてかけてたんですが、そんなじゃまくさいことをしなくてもフッ素配合のスプレイ・ワックスをサ~と塗るだけで どんな雪質でもまるまる1~2日くらいは十分保ちます。
ほんとにまったく技術の進歩は、ますます人を堕落、いや ラクチンにさせてくれます。(笑)
2006/02/20
もうすぐ、春、ヤネ。。。
「太子道」を歩く

2月18日。 久しぶりにいい天気だったので ウォーキングに出かけた。
今回は、「太子道」。
かの聖徳太子が“斑鳩宮” から “飛鳥京” へ通勤する際に使っていたと言われている古道で、「筋違道」とも言われている。
まずは、近鉄電車で八木駅まで行き 「橿原線」の田原本駅で下車~同線のファミリー公園前駅にいたる、約15kmの道のりだ。
まず最初に訪れたのは、「八幡神社」。
樹齢500年と言われる “樟”の木がみごとな神社だ。
続いては、聖徳太子が愛馬の黒駒を休息のために止め、腰をかけたといわれる「腰掛け石」がある白山神社。
しかし腰掛け石の廻りには、一応それらしく柵が作られているのだが、「なんだかな~、ホンマかな~」と思ってしまうわな。
ま、ここら辺の話しはあくまで「おとぎ話」の様なものですが・・・
あと聖徳太子ゆかりの神社に「杵築神社」があるが、なぜか「屏風」、「伴堂」、そして「吐田」と3ヵ所もある。
それぞれに「いわれ」があるそうだが、たとえば「屏風杵築神社」には 太子が毎日、愛馬の黒駒に乗ってこの道を通り、屏風の地で休憩を取ったと言い伝えられ、その時地元の人たちは屏風を立て回して太子をもてなしたため屏風の名がこの地に付けられたとされており、この様子を表した絵馬が残されているという。
しかしそのなかでは「吐田杵築神社」が一番りっぱな神社で 燈籠が立ち並ぶ境内はよく手入れされていた。
道中には、「島の山古墳」があるが、詳しいことはまったくわかっていないらしく、今は濠の水を抜き 試掘溝が設けられ 発掘調査を行っているようだ。
いかにも「奈良」という感じ(どんな感じや?)の土手の道。
2006/02/05
今年最初の6VBBライブは無事終了!
2月3日、節分の日に行った今年最初の6VBBライブ。
前回のライブから約半年ぶりとなったが、今回はいつもと違い 大阪本町に昨年末新しくオープンしたライブ・バー、「マザー・ポップコーン」に場所を移してのライブだ。
このお店、店も広いのだが間口が広いので、おのずとステージも広い。
だから3人いるギタリストとベーシストの位置がかぶることもなく、センターにドラムスがあることでステージ上でのレスポンスも良好だ。 
さらにベースアンプ、ドラムスの音をマイクで拾ってミキシングしてくれるので ギターアンプのボリュームをかなり上げてもリズム隊の音が埋もれてしまうこともない。
今回わたしは、自分のバイブロラックスを持ち込み、Vo.4.5でギターを鳴らしたが まったく問題なかった。
(40Wの真空管アンプでVo.4.5といえば、普通のハコなら爆音で聴いてられないが・・・)
また、もともとよく音が響く店内なので、ボーカリストにとっては非常に歌いやすいハコで、なんだか歌がうまくなった気分になる。
さらに客席もかなりゆったりしているため 得意のワイアレス・システムを駆使した客席練り歩きパフォーマンスもやりやすかった。
しかし一番うれしかったことは、満員御礼になるほど詰めかけていただいたお客さんの数。
ステージで舞い上がってしまっていたわたしは確認できなかったが、なんでも立ち見すら出ていたらしい。
本当にありがたいことです。。
演奏曲も今回新曲を2曲用意し、本番直前までリハで「練習」し、演奏するべきか、否か、ずいぶん迷っていたのだが 「いてまえ!」の一言で2曲ともやっちゃいましたが、まあこれもやって良かったんじゃないかと思っております。

2006/01/27
リバーサル
今日、ヨドバシ・カメラに行ったんで 「ライト・ボックス」というものを買ってきた。
ポジフィルム(リバーサルフィルム)をプリントせずに見るための光源BOXだ。
思えば一昨年の11月にデジタル一眼レフを買ってから どんどんと深みにはまってゆき、そして興味はデジタルからアナログへ・・・
わたしは月に数冊の写真雑誌を買う。
「旅写真」、「風景写真」、「日本カメラ」、「月刊カメラマン」などなど。
そのほとんどが風景写真であり、銀塩カメラで撮られたものが掲載されている。
そしてまた写真のほとんどが、ベルビアやプロビアといった「リバーサル・フィルム」を使用して撮られているのだが その色彩は独特であり、そう コンデジのハデハデ画像よりもまだハデなくらい。
しかし単にハデなだけではなく、銀塩写真が持つ色の深みや絵の立体感を備えている。
このあたりはいかにデジタルが進化しているとは言えど、まだまだ銀塩に追いつけない部分なのだが・・・
そして一度この「リバーサル・フィルム」を使ってみないな~と 徐々に思うようになってきたのが、去年の秋のこと。
しかし銀塩の一眼レフカメラなど所有しておらず、またまたヤフ・オクにお世話になり ミノルタのMFカメラ、”X-600”、AFの ”α-sweet2”、”α-507”を次々ゲット。
唯一のデジタル一眼レフ、”α-7D”と共に気合いの入った撮影時には持ち出しております。
2006/01/26
★MOTHER POPCORN(本町マザーポップコーン)
★MOTHER POPCORN(本町マザーポップコーン)
昨年の9月頃からいろいろあって遠ざかっていた、セッション。
しかし年末にライブ・ハウス「Mother Popcorn」がオープンしたのをきっかけに セッションにまた通い始めた。
もちろんセッションは楽しいものなんだが、特に最近また体重が増加傾向にあるわたしにとっては いい運動の場にもなっている。
とにかくステージに立ってギターをかき鳴らし、大声で歌うと たった2曲でもう滝のような汗をかく。
これが2回、ないし3回もやると もうパンツまでグショグショ。
で、家に帰り体重計にのってみると 1kg~1.5kgは体重が減っている。
もっとも次のセッションまでの1週間をどう過ごすかが問題なんであるが・・・
(ここ最近の事例では、セッションで1.5kg減って、1週間で2kg太るというパターン=増えとるヤン、体重!)
2006/01/19
コニカミノルタ、カメラ/フォト事業を3月で終了
コニカミノルタ、カメラ/フォト事業を3月で終了
「ガ~~~~ン!!!」
思えば一昨年の秋。
コニカミノルタ製のデジタル一眼レフカメラ、α7Dを購入したことがきっかけで すっかりカメラが好きになり、写真を撮ることが趣味となる。
以来新品・中古を織り交ぜて 買い集めたαレンズは10本。
なかでも唯一のGレンズである 70-200 F2.8 SSMや マクロレンズの代表とも言える 100F2.8 Macroから映し出す絵は本当にすばらしいものだった。
がしかし、本日驚愕とも言えるニュースが・・・・
なんとコニ・ミノがすべてのカメラ事業から撤退だと・・・
もちろん昨年にはソニーと事業提携を結び、今年にはα7Dの後継機種発表、そしてソニーからも、「ソニーブランドのαマウント一眼レフ」が発売になることはわかっていたのだが、ここにきて、カメラ事業をソニーに譲渡する事態になるとはまったく想像していなかっただけに 正直、「ガック~~!」なんである。
もちろんαマウント(ミノルタAマウント)はソニーが引き続き継承するとのことなので、現在のαレンズ資産もそのまま使えるのだが、100年以上の歴史を誇る、しかも大阪の老舗メーカーが事実上消滅することになるとは・・・
まあソニーが開発・発売する一眼レフがいったいどういうものになるのか、ある意味楽しみでもあるのだが、同時にプレ・ステと同じ会社のロゴが入った、”一眼レフ”というのには、違和感を感じてしまう。。。
2006/01/15
山辺の道
昨晩のカキコミから一夜が明けて。。。
結局、「山辺の道」をウォ
ーキングすることにしました。
「山辺の道」は 日本最古の古道と言われている官道で、奈良時代には桜井から奈良の都までにいたる道でしたが、現在は近鉄桜井駅~JR天理駅にいたる道(約16km)とJR帯解駅~奈良市内高畑町にいたる道(約18km)に分断されています。
そして今回訪れたのは、メインとも言える 桜井~天理間の道。
ウォーキング時にはいつも携帯している「時代別奈良を歩く」(山と渓谷社:刊)によると、桜井から道に入るより天理から入るほうが上り坂も若干少ない、とのことだったので まずは近鉄~JR桜井線へと乗り継ぎ、天理に降り立った。

天理駅からアーケード商店街を抜けると、そこは天理教の総本山。
初めて今回訪れたが、その規模には正直驚きました。
京都の西本願寺もびっくりするくらいの大きな本堂でした。
ですがここはまだ山辺の道ではありません。
広大な天理教
総本山の敷地内をしばらく歩くと、やがて「石上神宮」が見えてきます。
ここが山辺の道の出発地点となります。
っと言いながら いきなり山辺の道を見失うことに・・・
実は持参していた地図をみると石上神社へ向かう参道の下の道が 山辺の道だと勘違いをし、たまたま”とんと焼き”が行われにぎわっていた石上神社本殿には向かわず そのまま通り過ぎてしまったため、しばらく山辺の道を見失うことに・・・
しかしながらヨメの機転でなんとか山辺の道に入ることができた。
さてここからは 非常に丁寧な道標通りに行けば もう迷うことはありませんでした。
道もよく整備されており、山裾を行く道なので 急な坂道もほとんどなしで 快適なウォーキングが続きます。
約1時間ほど歩くと、やがて「峠の茶屋」に着きます。
ここで一休み。
みたらしだんごと「ゆず寒天」がめちゃウマ!!
またこの茶店の裏手には 観光農園があり、この季節には「ミカン狩り」が行われてました。
しかし ミカン1kgが 100円とは、安すぎません??
再び歩き出して約1時間もすると、「長岳寺」に着きます。
この寺院は
824年に弘法大師が創建した古刹で 特に鐘楼門は、日本最古のものと言われています。
また「関西花の寺第十九番霊場」であり、寺院内には桜をはじめつつじなど季節ごとにきれいな花が咲く、らしいです。
(しかし関西花の寺第十九番霊場ってどんな霊場や・・・)
長岳寺をあとにし、崇神天皇陵・景行天皇陵を過ぎ1時間半ほどの快適なウォーキングで「桧原(ひばら)神社」に着きます。
この神社は、大神神社(三輪明神さん)の摂社でもともとは伊勢神宮と同じであったといわれています。
またここの鳥居を背にして遙か前方を望むと正面に二上山が見え、毎年3月と10月の初めには、この鳥居越しに二上山山頂あたりに沈む夕日を撮影するため 各地から多数のカメラマンが押し寄せてくるということです。
近くの茶店の店内にはみごとに二上山山頂に沈む夕日を撮った写真がかざられていましたが、桧原神社と二上山を結ぶ彼方には伊勢神宮があり、その線上にある二上山山頂に夕日が沈むということは、太陽神である天照大神を祭る伊勢神宮とその流れをくむ桧原神社、さらに二上山が太陽によって一直線に結ばれることを意
味し 非常に霊験あらたかである、といわれているそうです。
左:桧原神社の鳥居
右:鳥居から遙か二上山を望む。 (毎年3月と10月の”特別な日”にはここに夕日が沈む)
ココまで来ると ゴールの近鉄桜井駅まではもうすぐです。
山道のような雰囲気のある道を進むと日本最古の神社のひとつといわれる、「大神(おおみわ)神社」に着きます。
さらに1時間ほど進
むと、「三輪平等寺」に着きます。
この寺院は聖徳太子創建といわれる古刹ですが、明治の初めに吹き荒れた 「廃仏毀釈」により 全廃されたが、近年再建されたそうです。
この寺院にも桜や楓の木がたくさん植えられており、これは山辺の道全体にいえることですが、特に桜や紅葉の季節には最高の花見ができそうです。
ここから1時間弱で近鉄桜井駅に出て、山辺の道は終了です。
しかし今回はちと苦しいウォーキングになってしまった。
山辺の道は全体的に穏やかな道で かなりの年配ハイカーも多数ウォーキングを楽しんでいることから解るとおり、ウォーキング初心者にも十分楽しめるコースなんですが、如何せん最近ちと体重が増えておりまして、その影響か 途中から左足のひざが猛烈に痛くなり、ほとんどひざを曲げることができなくなってしまった。
なんとかノルディック・ポールを杖代わりに使いながら 残りの行程をこなしたわけだが、体重86kgはマズいよな・・・・・(トホホ・・・・)
というわけで、久しぶりのウォーキング、「山辺の道」全行程約16km、制覇ッ!!
奈良国道|ならの古道
今日は1日中雨だったが、明日は晴れるらしい。
ということで 久しぶりにウォーキングに行くとするかな。
行くとすれば、「山辺の道」か、「柳生の道」
どちらも 15kmほどの道のりだ。
さてさて、どちらにするかのう・・・・・
それはそうと このブログに乗り換えてから、”使い心地”をレポートしようと思っていたんで ここでちょっと。。。
ダメなところだけを言うと。。。。
他のブログには当然ある、「カテゴリー」機能がないこと。
だから本当に日記(あるいは写真つきの絵日記)的にしか使えない。
このカテゴリーごとに記事を整理する機能は結構使いでのある機能だと思うのだが、いまのところ Blogger には 似たような機能すらない。
「トラック・バック」機能がないこと。
links to this post という機能はあるのだが、トラック・バックとは違うようだ。
もっともトラック・バック機能が本当に必要かどうかは・・・・・だが。
2006/01/07
雪の室生寺
もし、朝雪景色なら 室生寺に行こうと決めとりました。
で、朝なんですが 空は確かに曇り空。
でも雪なんぞ ひとっかけらもありません。
それでも奈良はひょっとして・・・・ なんて考えながら とりあえず自宅を出発。
名阪国道 針インターを下りてしばらく走ると雪がチラホラ。。。
「人間、日頃の行いが良いと ええことあるんや~」などとお気楽なことを考えながら、室生寺を目指し、撮った写真がコレ。
「雪、降ってないがな」とつっこんじゃあいけません。
被写界深度を深くするため かなり絞ったためシャッタースピードが遅くなり、雪が写りませんでしたとさ・・・・(ガクッ!!
しかし雪が降るときの撮影はたいへんです。
なんたって大事なカメラとレンズが濡れちゃいます。
電子機器ですから、ヘタするとカメラがお陀仏なんてことにも。
基本的に雨や雪の降る日は撮影をしない、というのが「お気楽写真家」には一番かと。。。
2006/01/06
天保山
天保山にある、「サントリーミュージアム」で ミュシャ展が開かれています。
わたしは別に好きでも嫌いでもないんですが ヨメが「見たい、見たい」とウルサいので 行ってきました。
で、ミュシャとは全然まったく関係ない写真です。。
サントリー美術館と 隣の海遊館の前には、大阪湾が広がってます。
ここから遊覧船に乗れるんですが そこの壁にある数字は何の意味があるのかわかりませんが、前に停めたチャリンコといっしょにスナップ風にパチリッ。
だいぶんあたりが暗くなってきました。
海遊館と観覧車です。。
そう言えば ミュシャも写真を撮るのが好きだったらしく、作品といっしょに写真も展示されていました。
さらに言えば、ミュシャって オトコ だったんですね~~。。。
いやマジで知りませんでした。
あのポスター作品を見て 絶対作者は女性だと思ってました。。(少し恥??)
女性と言えば モノクロのスナップ写真で有名な女流写真家 「アンリ・カルティエ=ブレッソン」の作品展が、サントリー美術館で開催されるそうです。
期間は、3月11日~4月16日。
スナップ写真にはあまり興味がなかったんですが、機会があれば一度見てみたいな~と思っております。
っちゅうか、最近のこのご時世。 気軽に人物のスナップ写真を撮るにはちと辛い時代になってるように思うのですが・・・
で、最後はお決まりの夕日。
あいにくの曇り空で、あきらめていたんですが、雲の間から一瞬だけ夕日が顔を出してくれました。
AF100-300 F4.5-5.6
F=9, s/s=1/200,
EV=1.7,ISO=800
天気予報によると 今晩から明日にかけて近畿地方でも雪になるとか。
もし雪なら 室生寺に行ってみようかな、と思ってます。
しかし去年の紅葉の写真。
まったくもって整理もなにも まったくやっとらん。
早く整理してHPにアップせなならんのやけど・・・・
2006/01/05
奈良・東大寺散策、そして・・・・
正月三が日もあっという間に終わってしまい、明日が仕事始めという1月4日。
「食っちゃぁ、寝」の生活リズムを正せねばならん。
「よし、体を少し動かすか・・・」と軽いノリで向かったのは、奈良・東大寺。
今回はお決まりの「大仏殿」には立ち寄らず、裏手にある「正倉院」の前を通り、二月堂へ向かう。
写真は、二月堂に向かう途中、「鐘楼」に通じる石段。
鐘楼は、鎌倉時代に再建されたものだが、「梵鐘」は、奈良時代当時のものらしい。
この梵鐘も大仏様と同じように 非常に大きいもので、毎年大晦日などに突かれるらしい。
どんな音がするのか、一度聞いてみたいものだ。
写真は、先日手に入れた AF 50macro F2.8で撮影。
「お水取り」が行われる「二月堂」、本尊「不空羂索(ふくうけんさく)観音」などずらりと並ぶ国宝仏像が有名な「三月堂」。
それに千手観音を本尊とする、「四月堂」がある。
写真は、三月堂正面からみる二月堂。
二月堂の境内からは、奈良平野が一望できる。

奈良といえば、鹿。
鹿にレンズを向けシャッターチャンスを待っていると、数匹の鹿が、1列にうまく列んでくれた。
東大寺周辺を散策し、若草山のふもとあたりに来ると時刻は、昼前。
腹がへったな~・・・と思いながら道しるべを見ると、「鶯の滝 4.4Km」とある。
どうやら「春日山原始林」の中の遊歩道を行くと、滝があるようだ。
一応ノルディック・ポールも持参していることだし、「歩くべ・・・」
こうしていつものアホアホ夫婦は、腹がへっているのも忘れ、約3時間のウォーキングを始めたのだ。。。

「天然記念物 春日山原始林」。。
ふむ、ふむ・・・・・
とりあえず、鶯の滝を目指してウォーキング、スタート。。。

春日山原始林のなかを行く遊歩道。
思ったより勾配も緩く、快適なウォーキング。
ただじゃり道なので、ポールが滑る。
ラバーグリップをはずそうかとも思ったが、試しにグリップの前後ろを通常とは逆にして歩いてみると これがなかなかよろしい。
へへへ、新発見。。。

歩き始めて約1時間半。
目指す滝までもうすぐ。。。

目的地の「鶯の滝」に到着。
初めて訪れる滝で思いの外小さな姿だが、清楚で清らかな滝だ。
ここでしばらく写真撮影。
あいにく今回は 三脚を持ってきていないので、手ブレぎりぎりのシャッタースピードで撮影。
AF 100-200 F=4.5 s/s=1/13, F=8, EV=-0.7, ISO400

しばしの休憩で汗もひいたので帰路につく。
まずは、「首切り地蔵」までの坂道を上る。
首切り地蔵を過ぎ さらに進むと、「芳山交番所」に出る。
なぜこんな山中に交番が・・・と思うが、ホントにおまわりさんがおりました。。。
この交番を過ぎると 人里までは下り坂が続く。
しかし登りと同じく、勾配が緩いので、ラクチン。。。
「南部交番所」まで下りてくれば、この先は春日大社の参道だ。約3時間のウォーキングは終了。
最後の目的地、「奈良写真美術館」へと向かう。

新薬師寺の近くにある、「奈良写真美術館」。
設計は、黒川 紀章。
ここはぜひ訪れたいと思っていた施設で、ここには 奈良・大和路を題材にたくさんの作品を残された、写真家 入江 泰吉氏の作品が すべて収蔵されている。
なぜ今回、東大寺を訪れるに際して わざわざ大仏殿の裏手を抜けて二月堂に向かったのか。
実は入江氏の作品にこの裏手の細い通りを撮影したものがあり、ぜひ同じ場所を訪れたいと思っていたのだ。
東大寺周辺は入江氏お気に入りの場所だったらしく、「奈良を撮影するなら、まずは東大寺」と生前常に言われていたらしい。
確かに、そこはいにしえの奈良を偲べる場所だった。













